専務はいつでもそこに居た。



出勤した時も会社を出る時も、会社に帰った時も退社する時も。



「おはよー」

「行ってらっしゃーい」

「お帰りー」

「お疲れ様♪」



いつでも笑顔で専務はそこに居た。



専務は強い。

本当に。



だから私は気付けなかった。



専務が本当にギリギリだった事に。



「突然ですが、退職します」



その言葉に事務所内が凍り付いた。



誰も何も知らなかったから‥‥。



最初に口を開いたのは私、優花で



私「は!?誰が???」



この流れならいちいち聞かなくても分かる。

専務自身の事だって事位。



だけど突然の報告に頭が付いて行かない。



突発的に出た言葉だ。



「‥‥私。

退職します」



‥‥‥‥‥は!??(゚д゚)



私の勤める会社は大手企業ではない。



社内規定では「退職の1カ月前に申し入れる事」とされてはいるけど、実際にはそんな規約は守らない。



飛ぶ人間は飛ぶし、辞める人間は辞める。



昨日までいた人が気が付けば辞めていた。



そんな事も珍しくないから

だから私は声もかけなかった。



事務所は一気にざわめき出して



「そんなん専務おらんくなったら会社が無理やんなぁ‥?」



「どうすんの?無理やろ‥」



そんな声が聞こえた。



だけど誰も何も言わなかった。



「そんなん無理無理!!

専務がおらな回らんから。

はい、朝礼終わりー!!」



誰も何も聞かなかった。



朝礼を進行していたのは白髪さん。



だけど白髪さんも突然の専務の退職に動揺して



「あ‥‥じゃあ今日も1日よろしくお願いします」



そう言って流した。



待てよ。



流せるのか?

「今」を。



終わらせるのか?

「このまま」で。



私「まだ話終わってへんやろ‥‥」



朝礼を強制終了させて、それぞれが何事もなかったかのように歩き出す。



私は歩きだせないまま



私「何で?何があった?

何でいきなり辞めるって話になんの!?

言われて“はい、そうですか”って言える訳ないやん!!!!」



私は声を大にして言った。



「優花ちゃん、その話は終わってんってw

専務が辞めるとか無理やし。

だからこれで解決、心配ない!

専務は辞めへん♪」



‥‥‥は?



終わった?



今の話の流れで、どこで??



解決?



何が!??



私「お前は黙れや!!!!!」



専務の気持ち、専務の話も何も聞かないで

一方的に「無理」だと言い放って「話が終わり」?



ふ ざ け ん な 。



私「専務、辞めるってそれ本気で言うてんの?

何で?

ここは専務の居場所じゃないの!?

ずっと支えて来たんじゃないの!??

何で離れようとしてんの!??」



専務は泣いた。



そして言った。



「今の社長に着いて行く事が無理やねん‥」

と。



専務は言った。



「私も本間はみんなともっと一緒に仕事がしたい‥」

と。



そう言って泣く専務を見て、全員の手が止まった。



「もう、本間に無理やねん‥」



専務はそう言って泣いた。



誰も何も言わない。



言えない。



沈黙が続いて、誰も何も言えないまま1人が事務所を後にした。



それに続くかのように、1人2人と出て行った。



専務は泣いていて、私は俯きながら専務のすすり泣く声と去って行く足音を聞いていた。



それ以外は何も聞こえない。



何も見えない。



これに似た感覚を私は知ってる‥。



全員が出て行って足音は消えた。



残るのはすすり泣く、小さな声。



電話が鳴って、今までと変わらない朝の風景。





ただ、私と専務の時間だけが止まっていた。